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2015年2月 離婚後も依存症変わらない元オット [【回顧録】借金と離婚のいきさつ]

2015年2月。
元オット、家を出て仕事場で寝泊まりするようになって3ヵ月。
しかし仕事でわからないことがあるたびに(どうでもいいことで)しょっちゅう電話してきていました。
渡した書類をちゃんと見ればわかることでも。

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法人登記関係・許認可類・陸運局関係・
金融関係・不動産契約やパソコン保証書、その他諸々、
どの書類も元オットにもわかるように、
日本語の横に英語訳を書いて渡しました。
それをまとめたファイルには、すぐに探せるように端に英語のインデックスもつけました。
それでもたびたび電話で尋ねてきます。

理解力そのものよりも、「頼りグセ」が問題。
頑張って調べてみたけどわからないというときに聞くのはいいけど、
ろくに調べもせず聞いてくる。
15年間、この煩雑な作業はすべて私がやっていたわけですが、
そのことへの感謝の言葉や労いの言葉などはありません。
出てくるのは、「こんなことまでわたしにさせるなんてヒドイ」という恨み節や、
「わたしは外国人なんだからムリ」という言い訳だけ。

外国人でも、社長としてしっかりやっている人はたくさんいます。
日本人を採用して事務作業を頼んでいる人も。
でも元オットは私がいたから会社経営や事務作業について何一つ学ばずにやってこれました。
決算や資金繰りに関して最低限知っておかなければならないことは
ことあるごとに説明してきましたが、最後まで理解できませんでした。
いや、理解しようとしていませんでした。
 
やってくれる人が誰かいると、やらない。
これは、途上国の多くで一家に一人が稼ぎ手である場合
他多数、家族親戚が何もせず養われているという構造と同じではないかと思います。
基本ナマケモノなんだろうなと。
しかし日本に来てビジネスで成功している外国人は、
一生懸命日本のビジネスルールを学び、それに従おうと努力します。
日本人に混ざっても認められるような勤勉さを見せます。
元オットと同じ国から来た人でも、そういう努力家はいます。
その覚悟が芽生えない限り、どんなに大きな夢を語っても
元オットが日本で成功することはないでしょう。

設立当初の5年間、
束の間の成功を味わいましたが
それは彼の運気が最大限に上昇しているタイミングに
煩雑な作業と責任を引き受ける強力な保証人(私)がいたからこそ実現した、
実力の伴わない成功でした。
それを自分の実力だと錯覚したままどんどん勘違いが進み、
いつの間にか会話も通じなくなり家族を苦しめても何も感じなくなり。
ここまで妄想癖、被害者意識が進むと普通の人には対処不可能。
もはや専門医療によるカウンセリング治療が必要な領域なのではないかと思うようになりました。

私もまた、ちょっとしたPTSD?状態にあります。
元オットからの電話に出る度に(発信者番号を見るだけで)
一気に心拍数上昇、息が上がり、血が逆流するような感覚に見舞われます。
電話が終わっても動悸が収まらず吐き気がし、しばらく仕事が手につかなくなります。
資金繰りで毎日イライラしてぼろぼろになっていた頃の感覚が、
元オットからの電話で一気によみがえるからだと思います。


もう電話しないで。

はっきりそう伝えました。

はっきりそう言われたら普通かけてこないものですが、
この人は数日後また平気な声でかけてきます。
普通なら・・・この「普通」が通用しない相手であることを、
離婚後あらためて思い知りました。 

それでも、
毎日かかってきていた電話が二日に1回になり
三日に1回になり1週間に1回になり。
本当にまったく連絡してこなくなったのは、割と最近のことです。
(まだ不動産の連帯保証人問題が片付いていないので、
少なくともあと一回は、年内か年明けに話さなければなりませんが・・・)
 
 
アヴァンスレディース

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