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2012年2月 父の死 [【回顧録】借金と離婚のいきさつ]

2009年に発覚した父の肺癌。
その後、抗がん剤治療で一旦癌を克服したかのように思えました。
しかし再発。
次の抗がん剤は大変強いものだったようで、
苦しさに耐えきれず全クールを終える前に中断しました。

癌についての知識がまったくなかった私は、
狂ったようにネットで情報を探します。
そして、周囲のいろんな人に話を聞きました。
偶然、実家の幼なじみのお父様が癌治療中でした。
「病院にまかせると、本当に医者の言う余命どおりになるよ!」
と、その友人。
詳しく話を聞かせてもらい、免疫治療のことを知ります。

それ以外にも、
身内を癌で亡くされた経験のある方、結構多いんですよね。
自分には関係なかったから目を向けていなかっただけで、
実は人それぞれにさまざまな苦しみが、闘いがあったのだと、
あらためて思い知ります。

癌に関するあらゆる本を片っ端から読み、
その中で「これはいいかも」と思った先生の病院を実家に薦めました。
それから約1年、東京での免疫治療が続きました。
(日本の癌治療の問題についてはまた別の機会に書くことにします)

抗がん剤をやめ、免疫治療に月イチで通っている間、
父は健康そのもので、まったく「闘病」感がありませんでした。
余命とされていた時期も過ぎました。 

いいぞ、そのまま全快してくれ!
借りたお金を返せないまま死んでもらっては困る。
心配かけたまま死んでもらっては困る!!

父に心配かけたくない一心で
ひどい経営実態を隠しながら、
週に2回は神社に行き、
父の癌克服と元オットの運気向上を祈り、
これでもかと降り掛かってくる面倒ごとに日々対処していました。

しかし、2011年冬、病状悪化。
免疫治療のあと、トモセラピーという高額な放射線治療も受けましたが、
肺炎も併発し、ついに入院することになりました。
2012年2月、その入院先に見舞いに行きました。
思ったより元気そうで、普通に起き上がって食事もしていました。
久々の家族5人全員集合。
くだらない話で盛り上がり、笑いました。


その日の夕方、父は永眠しました。




お父さん
ごめんなさい
ごめんなさい

間に合いませんでした

心配かけたまま
逝かせてしまいました

本当にごめんなさい

天国から見ていてね

これからもっとがんばるから
幸せになるから 安心してね
ありがとう




父の死から3年半(2015年秋)。
ずいぶん時間がかかってしまいましたが、
今は天国で、少しは安心してくれてると思います。
これからもっともっと幸せになって、
父に負けないほどの充実した人生を体験し尽くしたあと、
向こうで父に再会したいと思います。



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