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両親が心配していた国際結婚 [【回顧録】借金と離婚のいきさつ]

どうにもこうにも手詰まりになり父に相談して
お金を借りることになった2009年11月。

できれば、実家に相談なんかしたくなかった。
18歳で大学進学で家を出て以来、
就職、転職、独立と、いろいろあったけど
金銭的には心配かけたことはありませんでした。
若くして管理職にもなり、同世代より高収入だったので、
給料やボーナスを帰省のたびに恩返しのつもりで渡したりもしていました。
独立後も順調だったし、結婚・出産後も会社の経営が黒字だったので、
マンション資金は親に頼ることなく準備できていました。


子どもの頃から、
「やりたいことをやれ。
自分のことは自分で決めろ、人や環境のせいにするな」
というのが、
一貫した父の教えでしたので、やりたいことをやってきました。
そしてなりたい将来像が見えてきた頃(高校生)くらいから、
迷いなく突っ走ってきました。

一生懸命取り組むと、結果はついてきます。
バイトでも会社員でも、
やってるうちに責任あるポジションになっていきました。
その分ストレスは大きかったのですが、
「絶対、独立する!」と信念があったので、
折れることなく頑張ることができていました。
独立して成功して、父に認めてほしかった。
 
 
サラリーマンを8年経験したのち、
30才のとき私は会社を辞め、
デザイナーとして独立しました。
その時点で200万ほど貯金がありましたが、
パソコンと電話・FAXだけで仕事はできるので、
開業資金はいりません。
用意したのは名刺くらい。
営業活動は最初に知人の会社に挨拶に行ったくらいでしたが、
紹介、紹介の連続で、気がつくと自分のキャパいっぱいまで
仕事の予定が入るようになっていました。
それまでの苦労が次々と実っている感じで、
寝る間ももったいないくらいに嬉々として仕事に打ち込みました。
10代からイメージしていた、会社に束縛されない自由な生き方。
「思考は現実化する」、それを身をもって実感していました。 

その頃、つきあっていたのが、元オットです。
交際3年で、結婚を決めました。
 
 
国際結婚(しかもアジア系)を、
最初から大賛成という親などいないでしょう。
結婚の報告をしたとき、複雑な表情を浮かべつつも、
「お前が決めることだ。好きにしろ」と、承諾してくれました。


親になった今、逆の立場で考えてみます。

手塩にかけて育ててきた我が子が、
どこかのよくわけのわからん者と結婚したいと言う。
そこに、苦労するかもしれない要因が見えていたとしたら。

そりゃ反対するに決まってます。

どうしても結婚したいなら、縁を切るぞ!と
私だったら捨て身で止めようとするかもしれません。
しかし、両親はそんなことは言わなかった。
私の意思と自由を尊重して、受け入れてくれたのでした。
孫が生まれてからは特に。

そんな親心も知らず、勝手に結婚、出産、会社設立。
本音は反対されているのはわかっていたので、
幸せになって、そんな心配はご無用!と
胸を張ってみせたかった。

だからギリギリまで、
ヤバい状況をひた隠しにしていました。
ひた隠しにしたまま、
「ごめんなさい」と遺書に書いて死ぬところもイメージしました。


しかし、これも親の立場に立って考えてみます。

大バカヤロウです。
それこそ、甘えの極み。
「ごめんなさい」じゃねーよ!
ここまで育ててやったのに、親の承諾なく
勝手に自分で人生打ち切るんじゃねーよ!
ゔぁーか!!! 

と、今の私なら思います。


当時は、打ち明けるのも相談するのも
お金を借りるのも辛かったし、悔しかった。
でも、そうして良かった。
本当のバカ娘にならずに済みました。
 

そのお金の使い方については、まったく後悔だらけですが。
父から借金して、その後の経緯は次回書いていきます。
 
(「思考は現実化する」に対する考察についても、
後日あらためてくわしく書くつもりです。 )






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